1 Mar 2013

「無垢の博物館」

「これから先の人生は自分にとってくだらない暇つぶしでしかない」


トルコ人ノーベル賞作家、オルハン・パムクによる長編純愛小説、「無垢の博物館」。

1970年代、男女の関係において保守的な価値観が根強く残るイスタンブールを舞台に、一人の女性に妄念的な愛情を捧げた男の苦悩や破滅、そして愛に生きる純真さが描かれている本作。

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主人公ケマルは、美しく教養もある婚約者スィベルがいながら、遠縁の娘フュスンと関係を持つようになる。フュスンの魅力に取り付かれるケマルは、婚約者や社会的地位を捨ててまで彼女に身を捧げるようなるが、ある時彼女が突然姿を消す。その際に発せられたのが、冒頭の台詞。

絶望や苦悩の中で彼女を追い求め、辛い仕打ちを受けようとも彼女への無垢な想いを保ち続けるケマル。次第に彼女が飲んだサイダーの空き瓶、彼女の髪留めなど、彼女を取り巻くモノを収集し、一つ一つの思い出を自分の元に残そうとする・・。

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当時のイスタンブールの状況が鮮明に描かれ、その中で生きる人々の心理がとても丁寧になぞられています。決して報われているとは言えない愛を8年も貫き、情熱を注ぎ続ける彼の純粋さ、そしてその愛をコレクションとして具現化するフェティシズム。異常とも言えるその行動をさらっと描き、読者を引き込む柔らかい語り口はパムクならではという感じ。
尚、2012年パムクはこの小説を舞台にした博物館をオープンしたので、イスタンブールを訪れる際は是非足を運んでみてください。



1 Feb 2013

「ふしぎなキリスト教」

手塚治虫のブッダを読み返して、今更ながら他の宗教のこともきちんと勉強しなおそう・・と思い手に取った本書。対話形式で進められるので、非常に内容も分かりやすく、また初心者が疑問に思うことをまさに解説してくれています。

分かっているようで分かっていなかったポイントが沢山あったので、備忘録まで。

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①ユダヤ教とキリスト教はどう違う??
ほとんど同じ。
違うのは神に対する人々の態度。
ユダヤ教:神(ヤハウェ)の声を「預言者」を通じて知り、それに従う。
キリスト教:神の子(キリスト)の教えに従う。キリストはもちろん預言者より上位の存在。

②神はいくついる?
ユダヤ教・キリスト教・イスラム教は全て一神教。それは神が「人間を創造する」、全く別の存在であると考えているから。世界の中心は神。
それに対し、日本では神様は「人間と同じようなもの」なので、沢山いた方がいい(多神教)との考え。そのため、人間中心の考え方になる。

一神教ではすべての事象の背景に神がいて、神との不断のコミュニケーション(=祈り)により赦しが与えられる。一方、多神教ではそれぞれの物事にそれぞれの原因があると考える。

③なぜ偶像崇拝がダメ?
「人がつくったものを、人が拝んでいる」即ち、「ヤハウェに背き、自分を拝むのと同じ」だから。

この論理は、マルクス主義の資本主義批判(「疎外→物象化→物神化」という過程で人間の労働が貨幣化・資本化され、物神崇拝という本末転倒な状況になってしまった)同じ論理。

④イエス・キリストとムハンマドの違いは?
キリスト教にとってのイエス・キリストは、預言者とは異なる。
イスラム教にとってのキリストは単なる預言者に過ぎず、ムハンマド(預言者)より格下の存在。

ムハンマドがアッラーから受け取った言葉がコーランであり、コーランは一つしか存在しない。
一方、キリスト教では福音書(イエスの言行録)が4つもあり、互いに矛盾や相違もある。
※福音書はマルコ、マタイ、ルカ、ヨハネによって記されたイエスについての証言、預言書は預言者の予言を記録したもの。

⑤イエス・キリストはなぜ処刑された?
「神を冒瀆した罪」=自分が「神の子」であることを認めたこと。
しかしこれは福音書の中でもはっきりとは書かれていなく、冤罪ではないかという微妙な罪。そこから甦ったことで、殉死以上の殉死という名誉を受ける。

⑥なぜキリスト教がここまで広まった?
自由に法律を作れるから。
三大一神教の中ではユダヤ教が一番古い。ユダヤ教を否定してキリスト教が生まれ、その後誕生したイスラム教はより整合性がありシステマティックになっている。中世まではカトリック世界よりイスラム圏の方が大きかったが、宗教法が第一であった。それに対しキリスト教は社会の要請に応じて法律を作り、近代合理主義との親和性が高かった。

⑦そもそも宗教とは?
各自の行動に「それ以上の根拠を持たない前提」「証明されざる前提」を置くこと。その意味で、本当の無宗教・無神論というのは不可能に近い。

※日本人が考える無神論は、「神に支配されたくない」「自分の主体性、努力を大切にしたい」という思いが前提にある。

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20 Jan 2013

「金融腐蝕列島」

紹介するまでもない、著名なビジネス小説作家、高杉良氏による経済小説シリーズ。

経済小説モノでは黒木亮氏の方が自分の経歴に重なる部分があったけれど(中東向けプロジェクトファイナンス、総合商社勤務など)、高杉氏の小説は初めて。

この金融腐蝕列島シリーズは1997年の初版からシリーズ化、映画化もされてる濃厚な金融小説。バブル崩壊後1990年代からの日本の銀行・証券業界の裏側を描いたリアリティ溢れる内容です。

まだ80%しか読み終わってないけれど、特に前半の銀行会長の娘が不倫スキャンダルの画策や、総会屋対策の様子、裏工作などは惹き込まれます。実際にこういうことが行われていたのだと思うと末恐ろしい。。

 

13 Jan 2013

「わたしの名は紅」

少し前に読んだ本ですが、トルコ人として初めてノーベル文学賞を受賞した作家、オルハン・パムクによる「わたしの名は紅」。(新約版は「赤」ですが「紅」の方がしっくりくる感じ)
2000年に発表された本作は世界24か国語に翻訳され、数々の賞も受賞しています。パムク氏は現在米コロンビア大学比較文学論教授。

舞台は1591年冬、ムラト3世治世下のオスマン帝国。
皇帝の命により秘密裏に写本の制作を引き受けた「おじ上」は、細密画工房の名人絵師4名に作業を依頼。その中の一人、「優美」と呼ばれる細密画師が殺されたことにより、残る3名に殺害の疑いがかかる。

物語は各章「わたしは○○」という形で一人称で語られ、犯人捜しをめぐるミステリー小説…と思いきや、物語には「おじ上」に呼び戻され12年振りにイスタンブールに戻ったカラという好青年と「おじ上」の娘シュキュレとの複雑な恋愛模様が交錯して描かれる。

物語の語り手はカラやシュキュレ、細密画師、だけでなく、犯人、死者、馬、金貨、そして赤と、ころころ変わる。その過程で細かくそして鮮やかに描かれる各人物の心理描写、そしてオスマン時代の美意識、文化・歴史・宗教的世界観。本当に自分がオスマン帝国時代にタイムスリップしたような不思議な感覚に囚われる小説です。

彼は自身のワークスタイルについて下の動画で述べています。(ところで、(失礼ながら)トルコ人でここまで英語が上手い人はあまり多くないです。ビックリしました。日本の文化人でスラスラ自身の仕事について英語で発信できる人がどのくらいいるのだろう?)




"I am just listening to an inner music, the mystery of which I don't completely know. And I don't want to know."

そんな簡単に、こんな素敵な小説を生み出せるなんて…天賦の才としか言えません。。
(ちなみにまだ読んでないですが、その他にもたーくさん代表作があります)

5 Jan 2013

「やらないこと」を決めた

去年は漠然とではあるけれど年初の目標を立てました(New Year's Resolution)

達成率は

1. 仕事:新たな路を拓く。:90%
新たな路への布石は打てた。

2. 内面:常に心を落ち着け、平静を保てるように:50%
やっぱりまだまだ精神面は弱い。海外生活のせいもあり色々ストレスを感じることも多かった。

3. 外面:引き続きジム通い。:65%
ジムは行かずとも毎日のストレッチは続けた。ただ体調を崩すことも多かったのでやや未達成。

4. 教養:良質な読書と芸術に触れる:50%
英語の勉強やら仕事やらで、実務に関係ない本をじっくり読めなかった。

で、肝心の今年は、こちらの記事を参考にやらないことを目標に立てたいと思います。
なぜなら人生では時として「何を望んでいるか」よりも「何を望んでいないか」を明確にした方がうまくいくことがあると思うから。(というか、人間の性としてその方が考えやすいのかもしれない。良くも悪くも。一番悲しいのはそのどちらについても真剣に考える機会がなく、ただただ周りに流されて漠然と生きていくこと…)

そのリストはこちら。じっくり考えてみると結構難しいです。


1.今年はどの構想・プロジェクト・活動をやらないことにしますか?
 (What strategies, initiatives and activities will you say “no” to?)
→できれば制限したくない。むしろ多様な活動に参加し自分の志向を見極めたい。敢えてあげるなら自分が既に経験し繰り返しとなるもの。

2.今年はどの指標をチェック対象外にしますか?
 (What measurements will you ignore?)
→自分が信頼・尊敬しない人からの評価、体重計(笑)

3.今年はどんな顧客を相手にしないことにしますか?
 (What customers will you not target?)
→一緒に働いていて刺激がなく、互いに成長が感じられない相手

4.今年はどんな人とつきあわないことにしますか?
 (What people will you not keep?)
→人種・国籍・社会的地位など内面以外の部分で一面的に人を判断する人

5.今年はどんなライバルと競わないことにしますか?
 (What competitors will you not follow?)
→そもそもあまり人と競うのが好きじゃない…敢えてあげるなら自分と違う分野で卓越している人?

6.今年はウェブサイト(ブログ)から何を取り除きますか?
 (What will you remove from your web site?)
→表面的な情報しか載せていないニュースサイトや個人ブログ

7.今年は何にお金を使わないようにしますか?
 (What money will you not spend?)
→お酒…

8.今年はどんな集まりに参加しないようにしますか?
 (What meetings will you decline?)
→次の日に重大な影響を与えるオールの飲み会…

9.今年はどんな旅行を避けるようにしますか?
 (What trips will you not make?)
→家族を心配させる途上国への旅行

10.今年はどんな(プレゼンテーション)スライドを作らないようにしますか?
 (What slides will you not create?)
→スライドは作らない。もし作るなら情報の受け手を1秒でも退屈にさせないように努力する

11.今年は何を言わないようにしますか?
 (What will you not say?)
→他国の人を不快にさせる恐れのあること(特に日本との比較で)

12.今年はどんなことを考えないようにしますか?
 (What thoughts will you not entertain?)
→ネガティブな妄想(被害妄想?)

今年も実りある一年にすべく、まずは抱負まで。

28 Dec 2012

差異と差別


こんなニュースがあった。

「アジア人になろう」顔写真加工アプリ、アジア系米国人が反発

記事によると・・・
目を細くしてナマズひげを生やし、円錐(えんすい)形の麦わら帽子をかぶればあなたもアジア人――。そんな顔写真加工アプリが米グーグルのアプリ配信サイトに投稿され、アジア系米国人の反発を招いている。
問題のアプリ「Make Me Asian(アジア人になろう)」は、「たった数秒で中国人、日本人、韓国人、それにどんなアジア人にもなれる」というのがうたい文句。ほかに肌の色を濃くしてペインティングし、羽飾りを付けて「アメリカ先住民になれる」というバージョンもある。
ただのおふざけなんだろうけれど、人によってはあまり良い気がしないでしょう。

よく、非アジア人が目を横に引っ張って細くし、アジア人のジェスチャーをして「Racist!」と怒りを買う場面がある。
もちろん、相手側に見下す意図があればそれは許されるべきではない。でも人種や民族の差異・特徴を表現することが、必ずしも人種差別につながるとは思わない。

例えば、トルコに来てからアジア人の特徴(特に切れ長の細い目)について言及されることが多い。でも、多くの場合相手は好意的な意味で使っている。細い目の可愛い赤ちゃんが欲しい、など。

そういう好意的な物言いに対して侮辱と感じる人の反応の裏には、その特徴に対して自分が自信を持っていない、もしくはそれが劣っていると考えているということがあるのかな、と思う。

一般的には「目がパッチリしている」「背が高い、足が長い」などがキレイもしくはかっこいいの特徴
だけれど、皆が皆そう感じるわけではないし、自分の外見的特徴に誇りを持っていれば、相手がどんな言い方をしてこようと気にならないわけで。
(まぁそういう自信を持つことは難しいとは分かっているけれど。)

違う例として「けつあご」がある。(正式名称は割れ顎らしい)

外国人の男優さんに多いこの特徴、海外では渋い男の象徴(?)として、顎を割る手術もあるらしい。ちなみにWikipediaによると「割れ顎がドラマチックな雰囲気を演出している」そう。笑
でも日本ではこの特徴は笑いのネタにされたり、これをコンプレックスに感じ、治療のための美容整形もある。

要は、自分が他人との差異をいかにポジティブな特徴として捉えるか、なのだと思う。

補足:
日本人や東洋人の場合、歴史的に草食だったため、一般的に『咀嚼筋』の発達が不十分であることから、けつあごになりにくいらしい。ただ、日本人も食事が欧米化し、肉を多く食べるようになったことで、体形が欧米化してきていることと同様に、咀嚼筋が発達し、けつあご化することもあるよう。

女性の場合は皮下脂肪が多いため、皮下脂肪でカバーされてけつあごが目立たないらしいけれど、間違ったダイエットや痩せすぎなどで女性ホルモンが減りすぎてしまうと、ホルモンのバランスが崩れてしまい、男性化が進んでけつあご化してくる可能性もあるらしいです。


そもそもけつあごって名称もよくないけれど!笑

15 Dec 2012

「人間失格」

恥の多い生涯を送って来ました。

言わずと知れた太宰治の名著「人間失格」。太宰自身の生き様を色濃く反映したと言われている本書は上の書き出しから始まる。

主人公、大庭葉蔵は周囲の前ではおどけた顔を見せ、本当の自分を誰にもさらけ出す事の出来ない男。自分を偽り、他人を欺き、過ちを犯し、ついには「人間、失格」の判定を自らに下す。

太宰がこのような人生を歩み最後は入水自殺を図ったこと、それよりもこの小説が1948年の発行後未だに名著として受け継がれ、映画化までされていることが凄いと思う。

即ち、この暗澹とした小説に深い共感や衝撃を受ける読者がそれだけ多いということ。

人間誰しも内面には闇の部分を抱えていると思う。それを普段表出することができないから、このような小説に救いを求めるのかもしれない。