24 Sep 2011

Difference, Difference, Difference...

外国人との付き合いが増えるにつれ考えるのが、バックグラウンドが異なる人とどうコミュニケートするか、ということ。これについてふむふむ、と思う記事があったのでご紹介。

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2011年9月17日付週刊東洋経済に掲載の、北川達夫「わかりあえない時代の対話力入門」第115回“対話か破壊させるとき「同じ」ことの危険性”にて、北川氏は対話を破壊する要因として以下2点を挙げています。

①同じなのに違うこと
根本的に「違う」よりも、大体「同じ」ほうが、厄介。なぜなら相手が自分と「ほぼ同じ」だと「わかりあえる」ような気がしてしまう為、少しでもわかりあえないとひどく裏切られた気になってしまうから。

これ、非常に理解できます。外国人と話す時は「わかりあえない」ことを前提にしており、多少の誤解は気にならない。一方、日本人とのコミュニケーションでは少しでもわかりあえないと非常に違和感が生じる(相手側に。私はあまり気にしないけれど…。これはコミュニケーションのベースとしての「協調・共感」に重きを置く人ほど、この傾向は強い。例えば、周りのみんながカレーを頼んだら迷わずカレーを頼む人など。)

②違うのに同じこと
「違い」を知ることは必要だが、完全に「同じ」になってはいけない。さもないと強烈な嫌悪感に遭遇することになる、とのこと。

例えば、外国人が日本に住む場合、日本文化に関心を示せば日本社会では受け入れられ易いが、一方で日本人に同化(特に気持ちだけ)してしまうと、相手に嫌悪感を与える。よそ者としての分をわきまえていることが重要。

これは実感したことがないので、いまいちピンとはこないけど、受け入れる側の問題なんだろうなぁ。特に日本人のように文化や人種、言葉の「違う」ものに慣れていない場合は、上記のような心構えが必要かもしれない。重要なのは、自分が相手と「違う」ことをきちんと認識した上で、「同じ」部分を探し(もしくは作り)両者のバランスを保ちながら対話を重ねていくことなんだろう。